た……あなたのことは父から聞いていましたので、他人のような気がしなかったんです」
甘ったれた口調で、息子がそんなことを言っている。
「お出かけですか」
着換えをする手を休めて振返ると、階下《した》へ行ったとばかし思っていた大池の長男が、まだ扉口に立っていた。
どこかで似た顔を見た記憶がある。
すぐ思いだした。『悪魔のような女』という映画で校長の役をやったポール・ムウリッスのある瞬間の表情……視点の定まらない、爬虫類の眠ったように動かぬ眼になる、あの瞬間の感じにそっくりだった。
「ここにお邪魔しているわけにはいかないでしょう。目ざわりでしょうしね……いつでも警察へ行けるように、支度をしているところ」
「私に出来ることがあったら」
「おねがいしたいことがあるんだけど」
長男が熱っぽくいった。
「ええ、なんでも」
「それで、あなた……」
「隆《たかし》です」
「隆さん、あたしを一人にしておいていただきたいの……女が着換えをしているところなんか、見るほうが損をするわ」
それでも動かない。久美子は癇をたてて、ナイト・ガウンの上前《うわまえ》をおさえながら隆のほうへ向きかえた。
「あた
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