ではない。こんな連中に意想の中のことまでうち明ける気持はなかった。
「散歩よ……あたしたち、どうせ、気まぐれなのよ」
「それに、君の絵はユニークなものらしい。筆を使わずに、指で絵具を塗《なす》る指頭画というのがあるそうだが、君のはその流儀なんだね?」
指頭画……聞いたこともない。
「あたしの絵はそんなむずかしいもんじゃないのよ」
捜査一課の秀才はメモを取っている刑事に命令した。
「そこの絵具箱を、こっちへ……ついでに、シュミーズと運動靴を……」
刑事が言われたものを捜査一課のところへ持って行くと。秀才は笑いながら絵具箱の蓋をあけた。
「湖水の風景をスケッチに来たんだそうだが、このとおり、ブラッシュが一本も入っていない。それで、れいの指で描くやつかと思った……それから、この下着だが、君のものではないらしいね。貧乏だなんていっているが、これはタフタの上物だ。シャンディイのレースがついて、安いものじゃないよ」
大阪行の二等車の化粧室でお着換えしたとき、見かけだけに頼って、下着を変えることを考えなかった。細かいところまで考えぬいたつもりだったが、こんな抜けかたをするようでは、自分の思考
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