藤捜査一課と久美子が、永久につづくかと思われるような、はてしもない言葉のやりとりをくりかえしていた。
窓のない、一坪ばかりの板壁の部屋で、磨ガラスの扉で捜査主任の部屋につづいている。たえずひとの出入りするバタバタいう音や、ひっきりなしに鳴る電話の音が聞えて来る。
長い沈黙のあとで、加藤捜査一課が、ぼつりと言った。
「なにか言ったらどうだ」
久美子は冷淡にやりかえした。
「なにも言うことはないわ」
「こちらには聞きたいことがある」
「疲《くた》びれたから、これくらいにしておいてください」
「なにも言わないことにしたのか」
「なにも言いたくないの。言ってみたって無駄だから」
「無駄か無駄でないか、誰がきめるんだ」
「あの晩のことは、全部、話したわ。あたしに都合の悪いことでも、隠さずに言ったつもりだけど、てんで信用しないじゃありませんか。このうえ、精を枯らして、捜査の手助けをすることもないから」
「手助けか。よかったね……おれは反対の印象をうけているんだ。君ほどのハグラカシの名人はいない。捜査一課の加藤組は、君にひきずりまわされて、ふうふう言っている。もう、かんべんしてくれよ……大池の
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