た。薄眼をあけ、動かぬ瞳で空間の一点を凝視している。ただごとではなかった。
「大池さん……大池さん……」
 肩をゆすぶりながら、大池の手の甲に、コルク抜きの先を、思いきり強く突きたててみた。なんの反応もない。
「とうとう……」
 久美子が恐れていたのは、このことだった。
 赤酒になにか曰《いわ》くがあったのだろうが、そんな詮策はどうでもいい。さしあたっての急務は、なんとかして大池の命をつなぎとめることだ。さもないと、えらい羽目になる。こういう状況では、どんな嫌疑をかけられても、釈明する余地はないわけだから。
 ともかく医者を呼ぶことだ。煙突から炎をだせば、石倉がやってくるといっていた。石倉は敵だが、いま利用できるのは石倉のほかにはない。
 久美子は煖炉の燃えさしの上に紙屑や木箱の壊れたのを積みあげ、ケロシン油をかけて火をつけた。威勢よく燃えあがった松薪の炎が、鞴《ふいご》のような音をたてて吸いあげられていく。
 久美子は煖炉の前の揺椅子に掛け、浮きあがるような気持で石倉を待っていた

 三日後、朝の十時ごろからはじまった取調べが、夕方の五時近くなってもまだ終らない。伊東署の調べ室で、加
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