二キロ以上あって、いまの久美子の健康状態では、とてもそこまで出掛けて行くことは出来ない。
久美子は落着かなくなって、玄関のほうへ行った。子供達でも通ったらと、脇窓のそばで聞耳をたてていたが、対岸のキャンプ村では、みなテントに寝に入ったとみえ、笑い声ひとつ聞えない。久美子はあきらめ、脇窓のカーテンをひいて、大池のそばに戻った。大池は自分だけの思いに沈みこんでいるふうで、鬱々と眼をとじていた。
夜の十時近く、捜査本部になっている伊東署の捜査主任室に、本庁の畑中刑事が入ってきた。薬鑵の水を湯呑についで飲むと、奥のデスクで丸山捜査主任と打合せをしていた加藤捜査一課のそばへ行った。
「おう、畑中君、さっきの電話連絡、聞いたよ……出て来たそうだな。女を泳がせた甲斐があったと、丸山さんと話していたところなんだ……どこから出て来た?」
「湖水からあがって来ました」
「山林《やま》へ入ったんじゃなかったのか」
畑中刑事は照れくさそうに頭へ手をやった。
「山林のほうばかり警戒していたので、鼻先へ突っかけられて、あわてました」
「対岸からボートでやって来たのか」
「いや、そうでもなさそうです。こちらの岸をずっと見てまわりましたが、ボートらしいものは着いていませんでした」
加藤捜査一課は納得しない顔で問いつめた。
「妙な話だな……どういうことなんだい」
「星明りで、はっきりとアヤは見えなかったが、どこかやられたらしくて、フラフラになっていました……ガレージの横手からまわりこんで、勝手口からロッジへ入りました」
「女はどうした?」
「お見込みどおりでした。時間の打合せがあったのだとみえまして、女のほうが先に二階から降りて、ホールで待っていました」
「おかしいね、それを、どこから見たんだ」
「玄関の脇窓から」
加藤捜査一課は背筋を立てると、頭ごなしにやりつけた。
「絶対にロッジの近くへ寄りつくなといったろう?……まずいことをするじゃないか。感づかれると、やりにくくなって困るんだ」
「いや、どうも……立っていたところに、偶然に窓があったもんですから」
「感づかれたらしいようすはなかったか」
「大丈夫だろうと思います」
「君が大丈夫というなち、大丈夫だろう……つづけたまえ」
「……女は大池を長椅子に寝かせると、洗面器に水を汲んできて大池の胸を冷やしていました。薬だの酒瓶だの、いろいろと持ちだして来て、熱心にやっていたふうです……私の見たのはそれだけ」
「それだけ、というのは?」
「女が窓のカーテンをひいたので、私のいる位置から、なにも見えなくなったということです」
加藤捜査一課は刺激的な冷笑をうかべながら、
「大池とあの女がロッジで落合えば、どんなことをするぐらいのことは、ここにいたって想像がつく」
と、しゃくるようなことをいった。
「君はそんなことを報告するために、伊東までやって来たのか」
「いや、ちょっとお話したいことがあって」
「どんな話だね?」
「ロッジへ入って来たのは、大池忠平でなくて、名古屋で工場をやっている、弟の大池孝平です」
捜査一課は下眼《しため》になって、なにか考えていたが、煙草に火をつけると、胡散くさいといったようすで問いかえした。
「忠平でなくて、孝平か」
「そうです」
「えらいことを言いだしたな……それは確信のあることなのか」
「兄の忠平は顔写真でしか知りませんが、孝平のほうなら、たびたび名古屋の家へ宅参《たくまい》りして、いやというほど顔を見ていますから、間違えるはずはありません」
捜査一課は丸山捜査主任のほうへ向きかえると、癇のたった声で投げだすようにいった。
「あのプリムスは、大池忠平が東京を逃げだすとき、乗って行ったやつだったんで、ちょっと、ひっかかった。ちくしょう、味なことをしやがる」
丸山捜査主任は渋い顔でうなずいた。
「それは、あの女が言ってましたね……ロッジで逢ったのは、顔写真の男とはちがうようだって……あれは正直な発言だったんですな……皮肉な女だ。てんで舐めてかかっている。あれはマレモノだよ」
「うまく遊ばれたらしいね」
畑中刑事が捜査一課にたずねた。
「部屋長さん、二人をひっぱっちゃいけないんですか。あんなことをしておくと、なにかはじまりそうな気がするんですが」
「どういう名目でひっぱるんだ? ひっぱったって留めておくことはできないぜ……兄が自殺するというので、おどろいて飛んできた、なんていうだろうし……弟のほうには、いまのところ、共犯だという事実はなにもあがっていない」
「じゃ、女のほうだけでも」
「だめだろうね……相当、こっぴどくやったつもりだが、洒々《しゃあしゃあ》としていた……それゃ、そうだろう。大池の弟とツルンでロッジに泊りこんだって、とがめられることはないはずだから」
そうい
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