ね」
「いや、そういえば思いあたることがあるんです。二た月ほど前、継母が疲れてこまるといってポリモス錠をとりにきましたが、あいつは新薬マニアですから、ポリモス錠の亜砒酸をどう使うかぐらいのことはちゃんと心得ているんですよ」
あひるが人間を食うかどうか、それもすこぶるあやしい話だが、死体を池へ沈めたものなら池を乾したりするはずがない。このごろ調子がおかしいと思っていたがだいぶいけないらしいと、それとなく顔をながめているうちに、最近の石亭の一句がこころにうかんだ。
「水草の冷えたるままを夏枕《なつまくら》」
ふと、みょうな気あたりがしてたずねてみた。
「田阪ではあひるをたくさん飼ってるの」
「いいえ、一羽です。あいつもその一羽のあひるから足がつくとは思わなかったでしょう。よく出来ていますよ。理というのはなかなか油断のならんものですね」
「おそろしいもんだね」
これで石亭が自白したようなものだと思うと、暗い水草を枕にしてひっそりと横たわっている娘の幽艶な死顔がありありと眼に見えてきた。
[#地付き](〈宝石〉昭和二十二年一月号発表)
底本:「日本探偵小説全集8 久生十蘭集」創元推
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