骨仏
久生十蘭

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)床《とこ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き](〈小説と読物〉昭和二十三年二月号発表)
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 床《とこ》ずれがひどくなって寝がえりもできない。梶井はあおのけに寝たまま、半蔀《はじとみ》の上の山深い五寸ばかりの空の色を横眼で眺めていると、伊良がいつものように、「きょうはどうです」と見舞いにきた。
 疎開先で看とるものもなく死にかけているのをあわれに思うかして、このごろは午後か夜か、かならず一度はやってくる。いきなり蒲団の裾をまくって足の浮腫《むくみ》をしらべ、首をかしげながらなにかぶつぶついっていたが、そのうちに厨《くりや》へ行って、昨日飲みのこした一升瓶をさげてくると、枕元へあぐらをかき、調子をつけてぐいぐいやりだした。
 那覇の近くの壺屋という陶器をつくる部落の産で、バアナード・リーチの又弟子ぐらいにあたり、小さな窯をもっていて民芸まがいのひねったような壺をつくっているが、その窯でじぶんの細君まで焼いた。
 細君が山曲《やまたわ》の墾田《はりだ》のそばを歩いている所を機銃で射たれた。他にも大勢やられたのがあってなかなか火葬の順番がこない。伊良は癇癪をおこして細君を窯で焼き、骨は壺に入れてその後ずっと棚の上に載っていた。浅間《あさま》な焼窯にどんな風にして細君をおしこんだのかそのへんのところをたずねると、伊良は苦笑して、
「どうです。あなたも焼いてあげましょうか。おのぞみなら釉をかけてモフル窯できれいに仕上げてあげますがね」などと空《そら》をつかってはぐらかしてしまった。
 きょうはどうしたのかむやみにはかがいく。たてつづけにグビ飲みをやっていたが、
「春《ファル》は野《ヌ》も山《ヤマ》も、百合《ユーリ》の花盛《ファナサカ》リーイ、行《イ》きすゅる袖《ソーデ》の匂《ニオ》のしおらしや……」
 とめずらしく琉球の歌をうたいだした。
「いい歌だね。それに似たようなのが内地にもあるよ……野辺にいでて、そぼちにけりな唐衣《からごろも》、きつつわけゆく、花の雫に。それはそうと、きょうはひどくご機嫌だね」
 伊良はニコニコ笑いだして、
「まだ申しあげませんでしたが、わたしの磁器もどうやら本物の白に近くなってきたようで、きょうはとても愉快なんです」と力んだよ
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