! 百法でやっていたら二万法、もし千法でやっていたら二十万勝っている理窟なんです。いま実験してお目にかけますから見ていてください。さアいまのつづきをやろう」と細君にいうと勿体ぶったようすで机の前に坐りなおした。
 細君は心得た顔でモンテ・カルロ新聞をとりあげると、滑稽とも悲惨ともいいようのない真面目くさったようすで斜《しゃ》にかまえ、賭博場《カジノ》の|玉廻し《クルウビエ》そっくりの声色で「|みなさん、張り方をねがいましょう《フェート・ウォ・ジュウ・メッシュウ》」のアノンセし、無智と卑しさを底の底までさらけだしたギスばった調子で、「三十五《トラント・サン》……黒《ノアール》……奇数《アンペア》……後目《パツス》……」などと一週間も前に出たモンテ・カルロのルウレットの出目を読みあげていたが、頃合のところで方式どおりに「|張り方それまで《リャン・ヌ・ヴァ・ブリユ》」と声をかけた。
 夫のほうは眼玉を釣りあげてギョロギョロしていたが、首だけこちらへねじむけて「ごらんなさい。赤《ルージュ》が十回もつづけて出ている。こんなことってあるもんじゃない。こんどは黒《ノアール》に崩れるにきまっています」
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