れているんだ。……金はそのほかに賁鼓《フンコ》というのかな……、台湾人がつかう太鼓の胴の中にも、文字通りザクザク隠してあったんだが、さすがに、これには気がつかなかったと見えて、そいつだけは助かったんだが、太鼓の中に隠してあった金だけでも、紙幣で八千円からあったんだ。……犯人は十二時から三時までの間に、……つまり、南風太郎が部屋へ寝に来るすこし以前に、家の傍の柳の木をつたって二階の窓からはいりこみ、衣裳戸棚の中に隠れて待っていたんだな。……二時、……或いは三時近くに、南風太郎がぐでんぐでんになってあがってきて寝台へ寝る。そいつをおさえつけて、ものもいわずに、肉切庖丁のようなものを、三度ばかり心臓のあたりへ突っ通す。……苦しがって、寝台から転がり落ちたやつを、こんどは呼吸の根をとめるつもりで、ずっぷりと頸動脈へ斬りこんだ、というわけだ」
「それは、ひどい」
と、美しい眉をしかめながら、久我がいった。西貝は、那須に酒を酌いでやりながら、せっこむような調子で、
「それで、どうなんだ。犯人の足どりは判らないのか。まだ見当もないのか」
那須は、酌がれたのをひと息でのみほすと、ますます大きな声で
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