、呪咀にみちた、この島の忌わしい形象《フィジイク》が私の官能に作用し、意識の深いところで逃れられぬ不幸な運命を感じていたのだった。
私は恐怖の念にかきたてられ、窓のそばへ走って行って、薄光りする窓ガラスに顔をうつして見た。
雪花をつけて凍《し》みあがったガラスの面に浮かびあがったのは、まさしく膃肭獣の顔であった。顱頂は平らべったくなり、鼻は顔に溶けこみ、耳はこめかみに貼りつき、唇は耳のほうまで不気味にひきつれている。
「やられた」
私は絶望して土間に坐りこみ、妻や、子供や、親しい友人の名をかわるがわるに呼びながら、声をあげて泣きだした。不思議にも、私の舌は上顎の裏に貼りついたようになり、なにか喋言ろうと焦れば焦るほど、あさましい咆哮になってしまうのだった。
泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまったのだと見える。眼をさますと、もう夕方近くになっていた。
悲しい夢を見ていた。私は月の渚で、美しい一匹の牝と無心に戯れていた。銀の縁《ふち》取りをした黒檀色の波がたえず足もとに寄せてはかえし、湿った海風に海草や馴鹿苔の匂いがほのかにまじっていて、快く睡気をさそった。広い渚に何万とも知れぬ
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