険な流氷と濃霧のため、この近海へ近づくことが出来ないのである。
絶対に出て行く方法がないのだから、花簪の主はまだこの島に居なければならぬ理窟になるが、われわれの小屋は直接第三紀の岩盤の上に建てられたもので床下などなく、天井は※[#「木+垂」、第3水準1−85−77]木が剥きだしになっていて、下から天井裏を仰ぐことができる。四方の壁は裸の板壁、押入は一つもない。獣皮塩蔵所は焼棒杭の上に屋根の残片が載っているばかり、薪置小屋は屋根を差掛けた吹きぬけの板囲いである。
私は靴にカンジキをとりつけ、小屋の横手についた雪道を辿って上のほうへのぼって行った。
島は西海岸のほうで急な断崖になり、東側はややゆるい勾配で、夏期、膃肭獣の棲息場になる砂浜の方へなだれ、その岸から広漠たる氷原が霧の向うまでつづき、オホーツク海の水がうごめいている。海からあがった霧が巉《ざん》岩に屍衣のようにぼんやりと纒いつき、黄昏のような色をした雪原の上に海鴨が喪章のように点々と散らばっている。悲哀にみちた風景であった。
骨を刺すような冷たい風が肋骨の間を吹きぬけてゆく。蹣跚たる足どりで頂上の小高いところまで行くと、岩
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