サガレンや沿海州を流れ歩き、砂金掘りや官林盗伐に従事していた無法粗雑な男どもで、看視員が島を引きあげると、たちまち本性をあらわし、仕事などはそっちのけに朝から飲酒と賭博にふけり、泥酔したあげく、かならず血みどろ騒ぎになるのだった。
技手の清水は、島の秩序を保つために酒樽の入っている倉庫に錠をおろし、銃器をとりまとめて看視員小屋に立て籠ったが、てもなく小屋からひきずりだされ、息の根のとまるほど胴上げをされた。技手を毛布の上に乗せ、四人の暴漢が四つ隅を持ち、毬のように高く放りあげては受けとめる。技手は逆さになったり斜になったり、両足をばたばたさせたり、息をつく暇もないほど、いそがしく空と毛布の間を行きかえりした。最初の間はかん高い悲鳴をあげていたが、しまいには呻き声も出さなくなった。劇動のために内臓がクタクタになり、息もしなくなったのを、泥酔した四人の暴漢は笑いながらいつまでも残酷な遊戯をつづけた。血を吐いただけで、殺されるところまでは行かなかったが、半月ほど床についたきり動けなかったといい、立ち上がって眼に見えるようにその光景を演じて見せたすえ、腹をかかえてとめどもなく笑った。そのうちに不気味な快戯性をあらわし、自分の寝台のほうへ這って行って膃肭獣をひきだすと、いとしくてたまらぬというふうに、ひき倒したり転がしたり、正視しかねるような狂態を演じはじめた。膃肭獣は腸を掻きむしるような悲しげな声で泣きたてた。私は居たたまらなくなって小屋を飛びだした。霧の中で遠雷がとどろいていた。
第六日
夜の十時ごろから強い北風が吹きだし、朝になると吹雪に変って、癇癪を起したように荒れまわった。今日あたりと思っていた離島の希望も、これでいっぺんに覆えされてしまった。
私は起きあがるのも懶くなり、木箱を並べた寝台にひっくりかえって吹雪の音をききながら、この三日以来の問題を考えてみた。
この島に人間が潜み得ないとすれば、簪の主は死んだと思うほかはないが、すると死体はどうなったのだろう。五人の焼死体だけがあって、なぜ簪の主の死体がないのか。
昨夜、狭山は残留以来の島の生活を物語ったが、そのうちにはとるにも足らぬような些細な事柄が多かったのである。この島に若い娘がいて、それがここで死亡したというのはこの島としては花々しい事件で、当然、話題にのぼせなければならないはずなのに、ひと言もそれには触れなかった。いろいろと考えているうちに、その娘は一月四日以前に殺害されたと信ずるようになった。
一九〇三年に英国で公表された「スウェルドルップの告解」(Confession of Swelldorepp, London)は、北極クングネスト島探検の際、ジョンス湾に残留したフラム号の乗組員十名が、一人の婦人を争って、全滅に瀕した惨劇の記録である。二名は発狂し、他の八名は猛獣のように殺傷しあった。その中に二組の父子がいたのである。争闘ははてしなくつづき、全員、死滅するかと思われた時、ひとりの気丈な船員は、生き残った同僚の命を救うために、ひそかにその婦人を絞殺し、死体を海中へ投げこんでしまった。この秘密は、その後、二十年の間、各自の厳重な緘黙によって保たれていたが、スウェルドルップの臨終の懺悔によって、はじめて明らかにされた。荒凉たる絶海の孤島に住む六人のあらくれ男の中に、ただ一人の若い娘……そのことは、当然、起るべくして起った。どのような光景だったか、想像するに難くない。比喩的な表現を用いれば、六人の男どもは、膃肭獣の島の気質にならって、劇しい争奪の末、無残にも雌をひき裂いてしまった。狭山がそれを口外せぬのは、共同の秘密にたいする仁義をまもっているので、そういうのが、この社会の良心なのである。
では死体はどんな風に始末したのか。すぐ考えつくのは、ボイラーの火室で焼却する方法だが、島の乾燥室にあるのは、横置焔管式のコーニッシュ罐で、簡単な装置で、充分に熱瓦斯を利用するため、水管が焔室の中に下垂し、粉炭を使用するので、焚口は小さく、二重に火格子を持つ特殊な構造になっているので、死体を寸断したとしても、火室で人間を焼却することは不可能である。
また、この島の氷の下は第三紀の岩盤になっているので、氷を穿って始末したかと考えるのは無意義だし、砂浜に埋めれば、解氷期の潮力の作用で、春先になって、ぽっかりと海面に浮かびだす危険がある。要するに、娘の死体は、海中に投げ入れたか、寸断して、海鳥に啄ばましてしまったのだろう。
昼食をするついでに、清水技手の気象日誌によって、結氷の時期を調べてみようと思い、正午ちかく、小屋へ出かけて行った。
狭山は、相変らず陰気なようすで床几にかけ、膃肭獣は、ひだるそうな顔をして寝そべっていた。私はランプの下に気象日誌を持ちだし、
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