あなたが帰られるまでのほんのいち二日をかわし、つぎの定期で花子をつれて北海道へ飛ぼうと花子をかくすてだてをいろいろかんがえました。なにしろ、この寒さではそとに隠しきれるものではありません。商売商売で、けっきょく膃肭獣の中へかくすことを思いつき、さっそくその仕度にかかりました。もちろん花子にはなにもうちあけず、郷土《くに》の手みやげにする皮だともうしておきました。どこから見ても見あらわされぬよう念をいれて剥製にし、裏側にはじゅうぶんに鋳掛けをし、コロジウムでくされをとめたうえ、石膏末ですべすべにし、ちょうどうす皮の上等の手袋のように仕上げてあなたの船がつくのをまっておりました。いよいよその日がきて、沖で汽笛がきこえましたので、わしはそこではじめて花子にはらをあかしさまざまいんがをふくめますと、花子もようやくわしのこころがわかり、膃肭獣の中にはいることをしょうちしました。あなたが小屋に来られたとき、わしがおりませんでしたのは、あのとき薪小屋の中で綿のつめものをしてかたちをこしらえたり、口あきを縫い合わしたり、いっしんにやっていたのでした。それにしても、ただの一日か二日のこととたかをくくって天候や時化のことをちっともけいさんに入れんかったのは、いかにもおろかなことでありました。こういうのをたぶん摂理というのでありましょう。

 あの夜、花子が苦しみはじめたとき、狭山はいくども私を殺そうと考えたといった。あまり身体の廻りに詰めものをかったので、皮膚の呼吸が充分でなくなり、それに不随意な恰好と冷えで胃痙攣を起したのであった。私がいい工合に土間にひきさがらなかったらたぶん私は狭山に殺されていたろう。神経過敏もこれで捨てたものでないと思った。
 それにしても不審なことがある。それをたずねてみた。
「俺はじかに手でさわって見たが、たしかに本物の膃肭獣だったぞ」
 すると狭山は
「わしはもう一匹のやつを炊事場の水槽《タンク》の中に飼ってありましたで、薪小屋へ花子に息をつかせにいくときは、そいつを身代りに寝台の下に置いたのであります」と事もなげにこたえた。
 夜の十一時頃でもあったろうか。急に息苦しくなり、パチパチともののはぜる音がする。眼をさまして見ると、もう足元の床までチョロチョロと火が這ってきていた。仰天して小屋を飛びだし、夢中で渚まで駆け、ひと息ついてからうしろを振り返って見る
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