したが、これも同じようにやっつけ、清水さんを最後にして、ひるごろまでにみなぶち撲ってしまいました。わしはただ花子をもませまいとして監獄にゆくかくごでやりだしたことだったのでありますが、こうしてみなが寝くたばっているのをみると、きゅうに欲がでて、なんとかして罪をのがれ、帯広へでも行って花子とくらしたいというような気になり、いろいろかんがえたすえ、みなの死がいをボイラー室へひきずりこみ、米や味噌や野菜《あおもの》を花子のぶんだけすこし引きだし、むやみに石炭をどしこんで食料倉もろとも乾燥室をぶっとばしてしまいました。なぜわしのぶんも米や青物をとっておかなかったかともうしますと、ことしの三がつの十日にあなたが見廻りにこられることがわかっていましたから、それまでにぜひとも壊血病《くずれ》になるつもりで、死《お》ちた海鴨とロッペンの卵のほかは喰うまいとかくごをきめたのでございます。こんなふうにしたら、よもやわしがみなをやっつけたなぞとあやしまれることもあるまいとかんがえたからでございました。なにしろ[#「なにしろ」は底本では「なしにろ」]こんな小さな島のことでありますから、このさわぎを花子が知らぬわけはありません。いちぶしじゅうをさっして小屋でふるえておりました。はじめのうちはおそろしがってそばにもよせつけませんでしたが、そのうちにわしのこころがつうじたとみえ、だんだんうちとけてきましてみょうりにつきるほどやさしくいたし、とうとうふうふになって、この島でたった二人きりで二羽のインコのように仲よくくらしていたのであります。ところで、そのうちに私のくずれはだんだんひどくなり、髪も眉もぬけ、歯ぐきがくさってそこからくさい血がながれだし、かくごしたこととはいいながら、われながらあさましいなりになりました。娘《あま》ッ子というものはほんとうにがんぜないもので、こうなるとこわがってよりつかず、いま、あなたがいられまする土間にひっこもってぼんやり窓からそとばかりながめるようになりました。なんとかしてわしから逃げだしたいとかんがえていることは、そぶりにもさっしられるのでありますが、そうしているうちにあなたがこの島へおいでになる日がおいおいにちかづいてまいります。もし花子をあなたに引きあわしたら、花子はいっけんをバラし、わしから逃げる手段にするだろうということがさっしられましたので、なんとかして
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