あった。
南北に延びる岬の端まで行って見たが、そこにも氷の崖があるばかり。岬に近い丘の斜面を東側へ這いおり、海岸づたいに島を一周したのち西海岸から東海岸へ貫通する膃肭獣の追い込み用の地下道も入って見たが、斬りつけるような冷たい風が猛烈に吹きとおっているばかりで、人間が隠れひそみ得る横穴などなかった。
小屋に辿りついて裏口から入って行くと、息苦しいほどの※[#「气<慍のつくり」、第3水準1−86−48]《うん》気のたちこめた薄暗いランプの下で、狭山はこちらに背を見せて惘《ぼう》然と坐っていた。発揚状態はおさまったらしく、無感覚なようすでむっつりと腕を組み、私が入って行っても立ちあがろうともしない。
「のっそりしていないで、飯の仕度をしろ」というと、狭山はぶつぶつ呟きながら、不誠実なやりかたで食卓の上に食器をおきならべ、自分の寝台のある、薄暗い奥のほうへひきさがって行った。
空腹だったので、脇目もふらずに食事をつづけていたが、背後に視線を感じて振りかえってみると、狭山は寝台の上に片肱を立て、蚕棚から身体を乗りだすようにして、瞋恚と憎悪のいりまじったようなすさまじい眼ざしでこちらを睨んでいた。思わず床几から飛びあがろうとしたほど兇悪無惨な眼つきであった。
私が振りかえったのを見ると、狭山は急に眼を伏せ、いかにもわざとらしい慇懃さで、「薬罐はストーブの横にある」といいながらクルリと向うをむいてしまった。歯軋りする音がきこえた。
狭山にたいする高圧的な態度は、ひっきょう虚勢にすぎないのだが、狭山の感情を刺戟したのは失敗だった、なんとかして怒りを緩和しようと考え、背嚢から口を開けたばかりのウイスキーの角瓶をだし、
「そんなところにひっこんでいないで、こっちへ出てきてひと口やれ」というと、狭山は、渋々、寝台から離れ、向きあう床几にやってきた。
狭山は咽喉を鳴らして流しこむようにウイスキーをあおっていたが、追々、病的な上機嫌になり、高笑いをしながら、火災の前後の顛末や残留以来の島の出来事を、連絡もなくしゃべりだした。
狭山の話を綜合すると、あの災厄があるまで、この島で比類のない無頼放縦な生活がつづけられていたのである。四人の大工土工は撰りぬきのあぶれものぞろいで、土工の荒木と近藤は殺人未遂傷害の罪で、網走監獄で七年の懲治を受けた無智狂暴な人間であり、他の二名の大工は
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