のおもて一杯に目白おしになって動きまわるンで、ちょうど梁ぜんたいが揺れているよう。……なにをしているんだと思ってよく見てみますと、そこに釘づけになってるのはたぶんそいつの親なんでしょう、その夥《おびただ》しい子守宮が、てんでにありまき[#「ありまき」に傍点]の子や蛆をせっせと運んでくる。米粒ほどの蠅の蛆をくわえて親の守宮の口もとへ差しつけると、もう二年も前に釘づけになったその守宮が、まっ赤な口をあけてパクッとそれを受けるンです。守宮は精の強いもんだということは聞いていますが、それを見たときは、あまりの凄さにあっしは生きた気もなくなり転がるように天井裏から跳ねだし、どこをどうして辿ったのかほとんど夢中でじぶんの家に飛んで帰り、それから三日というものはたいへんな熱。四日目になってようやく人心地がつきましたが、いくらなんでもあまり臆病なようで、居間の天井でしかじかこういうものを見て夢中になって逃げて帰ったとア言えない。それから二日ほどたってから阿波屋へ出かけて行きまして、なに食わぬ顔で、格別、なんのことはなかった、でおさめてしまったんです。……ところが」
 またグッタリと首を投げだして、
「……ところが、それから二月たつかたたぬうちに、なんのはずみか総領の甚之助さんがにわかにドッと熱を出し、半日ほどのあいだ苦しみつづけに苦しんで死んでおしまいになった。……あっしも出かけて行って湯灌の手つだいをしたんですが[#「したんですが」は底本では「したんですか」]、そのとき、なにげなく甚之助さんの胸のあたりへ眼をやりますと、文久銭ぐらいの大きさの赤痣が出来ている。……ちょうど、守宮が五寸釘でぶッ通されたと思うあたりにそういう奇妙な赤痣が出来ていて、そこからジットリと血が滲みだしているンです……」
 アコ長は怯えたようにチラととど助と眼を見あわせ、
「なるほど、凄い話だな」
「そのあとのことは、さっき風呂でお聴きなすった通りですから、くどくどしく申しあげることはない。……お次は三男の甚三郎さん。それからご新造さん、……姉娘のお藤さん、……次男の甚次郎さんというぐあいに順々に同じような死に方をし、こんどは四男の甚松さんまで。……あっしが臆病なばっかりにこんな始末。あのとき守宮を釘からはずすか有体《ありてい》にいうかしたら、こんなことにはならなかった……守宮の祟りとはいいながら、煎じつめたところあっしの罪。手こそくださないが阿波屋の六人はあっしが殺したも同然。……そう思うと、あっしはもういても立っても。……どうか、お察しなすってくださいまし」

   屋根裏

 深川の油堀《あぶらぼり》。
 裏川岸にそってズッと油蔵が建ちならんでいる。壁の破れにペンペン草が生え、蔵に寄せて積みあげた油壺や油甕のあいだで蟋蟀が鳴いている。昼でもひと気のない妙に陰気な川岸。
 もう暮れかけて、ときどきサーッと時雨《しぐ》れてくる。むこう岸はボーッと雨に煙り、折からいっぱいの上潮で、柳の枝の先がずっぷり水に浸《つ》かり、手長蝦だの舟虫がピチャピチャと川面《かわも》で跳ねる。……ちょうど逢魔ガとき。
 油蔵の庇あわいになった薄暗い狭いところを通って行くと、古びた黒板塀に行きあたった。
 清五郎は裏木戸の桟に手をかけながら、
「ここから入ります。……母家《おもや》はお通夜でごった返して離家には誰もいないはずですが、それだと言ったって、だんまりで座敷へ踏みこむわけにもゆきません。屋根の破風《はふ》の下見《したみ》をすこしばかり毀しますから、窮屈でもどうかそこからお入りなすってください」
 泉水の縁をまわって離家に行きつくと、横手においてあった梯子を起し、身軽にスラスラと昇ってゆく。さすが馴れたもので切妻《きりづま》の破風の下に人がひとり入れるだけの隙間をこしらえ、ふたりを手招きしてからゴソゴソと穴の中へ入って行ってしまった。
 乗りかかった船で、アコ長ととど助のふたりが苦笑しながらその後から天井裏へ這いこむ。
 屋根の野地板《のじいた》の裏がわが合掌なりに左右に垂れさがり、梁や化粧※[#「木+垂」、第3水準1−85−77]《けしょうたるき》が骨格のように組みあったのへ夥しい蜘蛛の巣がからみついている。
 糸蝋燭の光がとどくところだけはぼんやりと明るいが、それもせいぜい二三|間《げん》。前もうしろもまっ暗闇。埃くさい臭《にお》いがムッと鼻を衝く。
 天井板を踏み破らぬように用心しながら進んで行くと、先に立っていた清五郎が急に足をとめ、なにか指しながら二人のほうへ振りかえった。
 指されたところを見ると、なるほど、六寸ばかりの守宮が胴のまんなかを五寸釘でぶっ通されたまま死にもせずにヒクヒクと動いている。
 油を塗ったようなドキッとした背を微妙にうねらせて急に飛びあがるような恰好をす
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