中の顔役の二引藤右衛門《にびきとうえもん》、これに仲へ入ってもらって三百両という金でおさまってもらうことにした。……桜場のほうは二引に頭のあがらないわけがあって、その場はそれで承知したんですが、お源のことが忘れられないとみえ、小料理屋を飲みまわってグデングデンになったすえ、いまに青梅屋を鏖殺《みなごろ》しにして男の一分を立ててやる。暗闇祭で出来あってちょうど一年目、あんな青二才に見かえられた鬱憤ばらし、その日が生命《いのち》の瀬戸ぎわと思え、なんて凄いことを口走る。これを聞いたのは一人や二人じゃないんです。……酔ったまぎれのたわごとと取れないこともないが、殺気立った気狂いじみた男のことだから、ひょっとすると本当にやりかねないものでもない。……ところで、困ったことには近江屋のほうは、これが氏子総代で、毎年の例で一家じゅうがお渡御の行列にくわわる定めになっていて、どうにものっぴきならない。たぶん、杞憂《きゆう》ではあろうけれど、万一のためにどなたかひとりお差立てねがい、一家の生命の瀬戸ぎわをお護りくださるわけにはまいりますまいか、という鉄五郎からの早文で、それで、こうして出かけて行くところ
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