りでそっとお源の銀の平打ちを引きぬいておいたんです」
「怪しからんやつだの」
「……次の日になって簪の紋を調べて見ると、府中小町なんていわれるお源のものだということがわかったから、桜場はすっかり悦に入ってしまった。かねてお源にはぞっこんまいっていて附け文の二、三度もしたことがあるンだから、てっきり文の返事を手っとり早いところでやってくれたンだと早合点して、自分じゃもうお源の婿になったつもりでおさまり返っていた。……ちょうどそのころ、桜場はよんどころない用事で江戸へ出かけなければならないことになり、一年ばかりしてから府中へ帰ってみると、青梅屋の三男坊が婿にきまって、もう結納までとりかわしたというんだからおさまらない。……俺とお源は去年の暗闇祭にきっぱりとした関係《わけ》になっているンだから、お源の婿はこの桜場清六。強情でも騙りでもねえ、まぎれもないその証拠はこの銀簪、てなわけで青梅屋の店さきへ大あぐらをかいて啖呵《たんか》を切ったンです。……青梅屋のほうじゃ竦《すく》みあがっちまった。結納の翌々日、しかも相手もあろうに乱暴無類の桜場清六だというんだから手も足も出ない。すったもんだのすえ府
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