は低くというぐあいに、甲州街道を代田橋から松原のほうへヒョロリヒョロリとやって行く。
 駕籠の中のひょろ松は大|時化《しけ》にあった伝馬船のよう。駕籠が揺れるたびに、つんのめったりひっくりかえったり、芋の子でも洗うような七転八倒《しってんばっとう》。
 座蒲団なんてえものもなく、荒削りの松板に直《ぢか》に坐っている上にあっちこっちにぶっつけるもんだから頭じゅう瘤《こぶ》だらけ。
 ひょろ松は、情ない声で、
「もしもし、お二人さん。なんとかも少しお急ぎくださるわけにはまいりますまいか。このぶんじゃ府中へつくと夜があけてしまいます」
 アコ長は、膠《にべ》もなく、
「まア、あわてるな。どうせ一本道。ブラブラやって行くうちに、いずれは府中へつく。……それはそうと、ひょろ松、いったい、どんな用むきで府中へなどすっ飛んで行くのだ。ひとつ眠けざましに聞かせたらどうだ。おもしろい話なら久しぶりに、ひと口のってやってもいい」
 ひょろ松は、えッ、とおどろいて、
「それは、ほんとうですか」
「馬鹿な念をおさなくともいい。なんとなく気がはずんできたでな、そんなことでも、してみたくなった。まア話してみろ。ど
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