は真夜中の子《ね》の刻。
 暗闇祭のはじまる丑《うし》の刻まであと一刻しかない。
 ひょろ松は、さっそく近江屋鉄五郎にあって、江戸から早乗できた挨拶をし、すぐまた二人のいるところへ引きかえして来ると、
「ねえ、顎十郎さん、殺《や》るとするなら、いったい、どんなふうに殺るつもりでしょう」
「そんなことは俺に訊いたってわからねえ。聞けばお渡御のすむ一刻ほどのあいだは、全町まっ暗にしてしまうということだが、そんな暗闇の中で斬ってかかれるわけのものじゃないから、暴れだすとするならお渡御がすんで篝《かがり》がついてからか、ひとの顔が見えるようになった白々明けにちがいない。……また、鏖殺しにするなどと口走る以上、毒でもつかうつもりかも知れないから、たとえ御神酒《ごしんしゅ》にしろ御神水《ごしんすい》にしろ、祭のあいだはいっさい口にしないように言い聞かせておくがいい。……そろそろお渡御がすむころになったら、おめえは桜場に眼を離さないようにしていろ、近江屋の四人のほうは俺ととど助さんとふたりで、間近いところで見張っているから」
 とど助はうなずいて、
「近江屋一家のほうは拙者ひとりで結構。下手に斬りこ
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