んなことなんだ」
ひょろ松は、無闇によろこんで、
「こりゃアどうも、ありがたいことになった。駕籠に乗せられた上に、助けてまでくださろうというんじゃアあまり話がうますぎる。これでブツブツ言っちゃ罰があたります」
「やはり、御用の筋なのか」
「へえ、そうなんでございます。わっしは、さっきから相談を持ちかけたくてムズムズしていたんですが、御用の話をするとあなたは嫌な顔をなさるから、それで我慢していたンです。……では、これからお話しますが、もうすこし駕籠が揺れないようになんとかなりませんものでしょうか。舌を噛みきりそうで危くてしょうがない」
「よしよし、この調子ではどうだな」
「結構でございます。すみませんねえ。……実はね、こういうわけなんでございます。府中で手びろく物産廻送《ぶっさんかいそう》をやっている近江屋《おうみや》鉄五郎というのがあります。それにお源というのとお沢というのと齢ごろになる娘が二人いて、先年、姉娘のお源に婿をとることになり、やはり同業の青梅屋《おうめや》の三男坊で新七というのがきまった。どちらがわの親類にも異存がなく、七日ほど前に結納《ゆいのう》をとりかわしたのですが、ところで、大国魂神社の神主《かんぬし》、猿渡平間《さわたりひらま》の甥で、桜場清六《さくらばせいろく》という勤番くずれ。大酒呑みの暴れ者で、府中じゅうの鼻っつまみになっているやつなんですが、こいつが以前からお源に横恋慕をしていて、うぬぼれっ気のあるやつだからてっきり自分が近江屋の婿になれるもンだとひとり合点できめていた」
「ちょっと、おめえに似たようなところがあるな」
「まぜっ返しちゃいけません。……もっとも、桜場のほうでもそううぬぼれていいようなわけがある。というのは、ご存じでもありましょうが、府中の暗闇祭というのは、御神輿の渡御《とぎょ》するあいだ、府中の町じゅうひとつの灯火もないようにまっ暗にしてしまう。もったいない話ですが、年々一度のこの大祭がみだらな娘や若い者の目あてなんで、おたがいに顔が知れずにすむところから真暗三宝《まっくらさんぽう》に乳くりあうという風儀の悪いお祭なんです。お源もその例にもれず行きあたりばったりにちょっと悪戯《わるさ》をしたんですが、運悪くその相手が桜場清六。……こいつはいま言ったようにすれっからしの道楽者で、そんなほうには抜け目のないやつだから、手さぐ
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