たように近江屋の甥ですから御神事に外れるということはありません。今年は、六所さまの御物の金銅弭黄黒斑漆《きんどうやはずきくろまだらうるし》の梓弓《あずさゆみ》を持ってお伴しているはずでございます」
「猫眼が梓弓を……」
と、ひとり言のように呟いてから、アコ長、言葉の調子を変えて、
「つかぬことをお伺いするようですが、近江屋の分家というのは、まだほかにもあるのですか」
「いいえ、分家にも親類にも黒木屋だけなんでございます」
「ははア、なるほど」
証拠
それから、半刻。
ようやく御霊遷の儀がおわると、また警蹕を合図に、お仮屋、御本殿御渡御の道すじの篝火はもちろん、全町いっせいに灯火がつけられる。今までの暗闇にひきかえ、今度はまっ昼間のような明るさ。夜もあけかかってきたと見えて、梢の上がほのぼのと白くなる。
それッ、というので、ひょろ松を先頭にしてアコ長、とど助、藤右衛門の四人が白砂を蹴って駈けだす。
行って見ると、なるほど、藤右衛門の言った通り、本殿のほうから五六間おきに一人ずつ、近江屋鉄五郎、お源、お沢、お源の許婚者の青梅屋の新七という順序で、いずれも鷹の羽朱塗のお神矢で深くぼんのくぼを射られ、水浅黄の水干の襟を血に染めて俯伏せになって倒れている。
顎十郎は、かがみこんで死体をひとつずつ念入りに検めていたが、そのうちにのっそりと立ちあがって、藤右衛門のほうへ振りかえり、
「……ご覧の通り、どの死体も、見事に必殺の急所を射抜かれています。夜眼、猫眼はとにかく、よほどの弓の上手でなければ、こういう水ぎわ立ったことは出来ぬはず。……それで、なんですか、藤右衛門さん、その猫眼の五造という男は弓でもやるのですか」
「へえ、いたします。弓と申しても楊弓《ようきゅう》ですが、五月、九月の結改《けっかい》の会には、わざわざ江戸へ出かけて行き、昨年などは、百五十本を的《い》て金貝《かながい》の目録を取ったということでございます」
「なるほど。……それで桜場清六のほうは?」
「このほうは、大和流の弓をよくいたし、甲府の勤番にいたころ、むやみに御禁鳥を射ころしたので、そのお咎めでお役御免になったというような話も聞いております」
アコ長は、突っ立ったままで、またしばらく考えていたが、バラリと腕を振りほどくと、
「藤右衛門さん、この土地では、あなたが繩を預かっていらっし
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