ろもへん+施のつくり」、第3水準1−91−72]《ふき》の厚い三枚重ねに三つ大の紋のついた小浜縮緬の紫の羽織をゾベリときかけ、天鵞絨の鼻緒のすがった雪駄の裏金をチャラめかしながら日本じゅうの役者をひとりで背負って立ったような気障なようすで、三津五郎のうしろからシャナリシャナリとついて行く。
 これが三津五郎と瓜ふたつ。おなじ腹から出た双生児でもこうまでは似ていまいと思われるほど。
 いつの間に見とったのか肩の癖から足の運びまで、なにもかも三津五郎そっくり。
 ひょろ松は、顎十郎の袖を引き、
「えらいやつが飛びだして来ました。三津五郎のあとからもうひとり三津五郎が行きます」
 偽の三津五郎のほうは、うしろから来る三人には気がつかないようでシャナシャナ歩いて行ったが、そのうちに霊岸寺の地つづきの冠木門から駈けだして来た娘にニッコリと笑いかけ、いやらしい科《しぐさ》でおいでおいでと手まねきをした。
 いまだ十六ぐらいの初々《ういうい》しい美しい娘。羞かしそうに偽の三津五郎のそばへ寄って行って、顔を赧《あか》らめながらモジモジと身体をくねらせている。男は娘の肩へなれなれしく手をかけ、耳に口をあててなにかしきりに囁いていたが、そのうちに中大工町《なかだいくちょう》のかどで客待ちしていた辻駕籠を二挺よぶと、さきの駕籠に娘を乗せ、あとの駕籠にじぶんが乗って扇橋《おうぎばし》のほうへ行く。
 三人は高はしょり、駕籠のあとについてトットと駈けだす。

 向島の寺島村。
 皮肉なことに、三津五郎の寮と田圃ひとつへだてた背中あわせ。大和屋になりすまし、五人の娘に取り巻かれてヤニさがっているところへ四人が踏みこんで、
「この馬鹿野郎、飛んでもねえ真似をしやがる」
 本所|横網町《よこあみまち》の薬種問屋《やくしゅどいや》、大松屋又蔵の三男の又三郎。これがひどい芝居気ちがい。三津五郎に似ていると近所の娘に騒がれるのでつけあがり、チラと耳にした評判と菊人形の三津五郎の小鰭の鮨売から思いついて、こんな大それたことをやった。
 風呂や髪床で、でたらめな評判を振りまいて歩いたのも、言うまでもなく、この又三郎。
「それにしても、馬鹿にも智慧。じぶんが鮨売にならずに、役者の着つけでそのうしろから行き、濡衣のほうは鮨売にひっかぶせて、じぶんのほうはぬけぬけと娘を引きだそうという阿呆は阿呆なりによくかんがえ
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