それが楽しみだ……とど助さん、毎度のことでご迷惑でしょうが、またひとつ交際《つきあ》ってください。鮨じゃないがこれも腐れ縁でねえ……」
三津五郎《みつごろう》
常盤橋御門内、北町奉行所の御用部屋。
坊主畳を敷いた長二十畳で、大きな炉を二カ所に切り、白磨きの檜の板羽目に朱房のついた十手や捕繩がズラリとかかっている。
御用部屋の中に割り箸の山をきずき、アコ長、とど助、ひょろ松の三人がその前に妙な顔をしてぼんやり坐っている。
伝馬町へひきあげてあった四十人の鰭箱を取りよせ、三人がかりで箸を割っては妻楊枝に巻きついている辻占の紙を一枚ずつ克明に読んで見たが、他愛のない駄洒落ばかりで、かくべつ、どうという文句にも行きあたらない。
少々じれ気味になって、売子を出している江戸中の鮨屋へ一軒のこらず下ッ引を走らせ、店にある割り箸をそっくり引きあげて持って来させる。いやもう、たいへんな数。御用部屋の中は割り箸だらけになって三人の坐るところもない始末。
さすがのひょろ松も、うんざりして、
「こいつアいけねえ。これをいちいち調べていたら来年の正月までかかる。……ねえ、阿古十郎さん、どうでもこいつをみなやっつけるンですか」
とど助も、あきれて、
「朋友のよしみですばってん、割り箸と引っくんで討死もしましょうが、こりゃとうぶん割り箸の夢で魘《うな》されまっしょう」
下ッ引どもはおもしろがって、ワイワイ言いながら手つだう。九ツごろから始めて日暮ちかくまでせっせと調べたが、割り箸の山はまだ三分の一も片づかない。
日ごろあまりものに動じない顎十郎もさすがにうんざりしてきたと見えて、何百本目かの割り箸をさいて辻占を読んでいたが、
「……※[#歌記号、1−3−28]人目の関のあるゆえに、ほんに二人はままならぬ……か、これは、くだらない」
と、呟いて、辻占を畳の上になげだし、
「どうも、こいつはいけなかったな。こんどばかりは味噌をつけた。すると、割り箸のほうでもなかったらしい。となると、こりゃアやっぱり神隠し。いや、どうもお騒がせしてすまなかった」
と、わけのわからぬことをブツブツ言いながら、とど助をうながして御用部屋を出て行く。ひょろ松は、追いすがって、
「……阿古十郎さん、あなたはすっ恍けの名人ですが、きょうのは、またいつもの伝なんでしょう」
顎十郎は、ヘラヘラ笑っ
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