ま》さまの杓子面《しゃもじづら》。安産札《あんざんまもり》じゃねえが、面のまんなかに字が書いてねえのが不思議なくらいだ。……加代姫さまといやア、大名のお姫さまの中でも一といって二とさがらねえ見識《けんしき》の高いお方。毎朝、手洗の金蒔絵の耳盥《みみだらい》をそのたびにお使いすてになるというくらいの癇性。殿さまがお話にいらっしゃるにも前もって腰元を立ててご都合をうかがうという。その加代姫さまが、てめえのような駕籠の虫に惚れるの肩を入れるなんてことは、天地がでんぐり返ったってあろうはずがねえ。黙って聞いてりゃいい気になりゃがって飛んだのだごと[#「のだごと」に傍点]をつきゃあがる」
六平は、へへん、と鼻で笑って、
「そう思うのが下郎根性。むこうは大々名のお姫さま、こっちはいかにも駕籠の虫だが、恋をへだてる堰《せき》はねえ。こんな杓子面でも恋しくてならねえと言われます。足駄《あしだ》をはいて首ったけ。俺のいうことならどんなことでもうんと首が縦に動くのさ。やい、やい、色男にあやかるようにこの面をよく拝んでおけ」
芳太郎は、ひらきなおって、
「おお、そうか。加代姫さまがそれほどお前に肩を入れ
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