ているとは知らなかった。いや、どうも恐れ入った、見なおしたよ。……じゃ、なんだな、六平、お前の言うことなら加代姫さまはどんなことでもうんと言うというんだな、それにちがいねえんだろうな」
「冗く念をおすには及ばねえ」
「じゃア、さっそくだが、加代姫さまをここへ呼びだして、俺っちに一杯ずつ酌をしてもれえてえんだがお願いできましょうか」
六平は、大きくうなずいて、
「ひッ、そんなことはお安いご用。お茶づけサーラサラでえ。ちょっと一筆書いてやりゃア、間をあけずに舞いおりていらっしゃらア」
「おお、そうか、じゃア、ぜひそういう都合にお願い申そうじゃねえか。三十二万石の大名のお姫さまに酌をしてもらえたら、男に生れたかいがあらア。さっそく一筆……といっても、お恥ずかしながら、文字をのたくるような器用なやつは生憎《あいにく》ここにはいあわさねえ」
よせばいいのに、とど助が、
「よろしい、そういうことならば、拙者が一筆書きましょう」
アコ長が、膝をつついてよせと言ったが、とど助は、上機嫌でそんなことには気がつかない。サラサラと書き流したのを、こいつア面白い、で、一人がそれを持って駈け出す。
それ
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