のはいい加減にしておきなさい」
「おや、ご立腹ですか。お怒りになるならお怒りになってもかまわないが、あたしの言うことをきかずに加代姫などを突きおとしたら、あなたは生涯うだつのあがらないことになりますぜ。『野伏大名』のときの例もあるでしょう、突っぱらずに、あたしの言うことを聴いてください。あなたの鼻をあかそうの、あたしがこれで功名をしようの、そんな気は毛頭《もうとう》ないんだから」
 藤波は、唇を噛んでうつむいていたが、
「あたしも加代姫が殺ったとは、どうも納得の行きかねるところがあって、先刻からここで悩んでいたんです。……加代姫が帰ってからこの『かごや』にやって来たやつが下手人だという、あなたの推察《みこみ》はいちおう穿《うが》ったところがある。そこまではわたしも気がつきませんでした。……ねえ、仙波さん、あなた、かつぐんじゃありますまいね。あなたがそうおっしゃられる以上、なにかたしかなお推察があってのことでしょうが」
「藤波さん、よく折れてくだすった。あなたがそんなふうにおっしゃるなら、あたしも正直なところを申します。……ここへ入って来るまで、実は、あたしにもなんの当てもなかった。とこ
前へ 次へ
全31ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング