い瀬戸ぎわで覚られることだけはまぬがれましたが、父上がおもどりになったあとで、急いで長持の蓋をはらって見ますと、数馬はもう息絶えて冷くなっている。そのときの、わたしの驚きと悲しみ……」
顎十郎はうなずいて、
「……なるほど、そういうわけだったんですか。数馬さんとやらの死体の処置に困って、六平にそっとかつぎ出させ、このへんならまず皀莢河岸《さいかちがし》、重石《おもし》でもつけて濠の深みへ沈めたというわけ。よくあるやつですな。そのくらいのことなら、なにもそう秘し隠されるには及ばなかった。……よくわかりました。そういうことならもう大丈夫。明日といわず今日じゅうに、かならず真の下手人の当りをつけてごらんに入れますから、大船に乗ったつもりでいらしてください。……それについて、加代姫さま、つかぬことを伺うようですが、あなたは、だれかに恨みをうけるような覚えはありませんか」
加代姫は急に咽《せ》きあげ、その涙のひまひまに、
「恨まれる覚えはたったひとつある。あんな無惨な死に方をさせたこのわたしを、あの世とやらで、数馬が、きっと恨んでいましょう」
「ほほう、それは耳よりな話ですな。……ながながと
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