いことには無筆。旦那方がおいでになるまでは地面にくらいついても虫の息をつなごうと、それこそ死んだ気になって頑張っていたンだと……」
「なるほど」
「しかし、お話を聞けば、じぶんが『かごや』へ出むいて行ったことを、一人ならず二人までに見られているンだから、そうあるところへいくら加代姫だってそんな馬鹿なことはしなかろう。これは、理屈です」
 と言って、不審らしく首をかしげ、
「そのほうは納得がいきましたが、ここに不思議なのは加代姫を誘いだした手紙。これが大師流のいい手跡《て》でとても中間陸尺に書ける字じゃない。この手紙のぬしは誰だろうというんで、藤波は躍気《やっき》になってそいつを捜してる模様です」
 とど助は、てれ臭そうな顔をして、
「……どうも言いにくいことだが、ひょろ松|氏《うじ》、それは、わしが書いた」
 ひょろ松は、げッと驚いて、
「とど助さん、そ、そりゃほんとうですか。なんでまた、そんなつまらねえことを……」
「いや、面目しだいもない」
「面目どころの騒ぎじゃない。そういうことならあなたも関りあい。これは一応しょっぴかれます」
 とど助は、しょげて、
「どうも、これは困った。な
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