けて焼《も》やしてしまうからそう思え」
顎十郎は、とど助のほうへ振りかえって、
「これは、だいぶ面白くなってきました」
とど助はうなずいて、
「さんざ無代《ただ》で飲食したうえ、こんな余興まで入るとは思いませんでした。いや、甚《え》ッとおもしろかです」
六平は、急にヤニさがって、
「どうでもというなら聞かせてやる。そのかわり、腰をぬかさぬようにそのへんの蝶番をしっかりと留めておけ。……なにを隠そう、俺の金主というのは藤堂さまの加代姫さま。……ひッ、けだものどもめ、なんとも胆《きも》がつぶれたか。……これ六平や、そなたは路考《ろこう》に生写し、好《す》いたらしいの総浚い。陸尺などにはもったいない。身分に上下のへだてがなければ、婿がねにして床の間へ、置物がわりにすえておき、朝から晩まで眺めようもの、ままならぬ浮世が恨めしい。金はどれほどでも出してやるから手近なところで店でも持ち、ゆくすえ長く垣間見《かいまみ》させたもいのう。……と、いうわけなんだ」
「気味のわるい声を出しゃアがる。……このスケテン野郎、手前の面が路考に似てると。飛んでもねえことぬかしゃがる。どう見たって、塩釜《しおがま》さまの杓子面《しゃもじづら》。安産札《あんざんまもり》じゃねえが、面のまんなかに字が書いてねえのが不思議なくらいだ。……加代姫さまといやア、大名のお姫さまの中でも一といって二とさがらねえ見識《けんしき》の高いお方。毎朝、手洗の金蒔絵の耳盥《みみだらい》をそのたびにお使いすてになるというくらいの癇性。殿さまがお話にいらっしゃるにも前もって腰元を立ててご都合をうかがうという。その加代姫さまが、てめえのような駕籠の虫に惚れるの肩を入れるなんてことは、天地がでんぐり返ったってあろうはずがねえ。黙って聞いてりゃいい気になりゃがって飛んだのだごと[#「のだごと」に傍点]をつきゃあがる」
六平は、へへん、と鼻で笑って、
「そう思うのが下郎根性。むこうは大々名のお姫さま、こっちはいかにも駕籠の虫だが、恋をへだてる堰《せき》はねえ。こんな杓子面でも恋しくてならねえと言われます。足駄《あしだ》をはいて首ったけ。俺のいうことならどんなことでもうんと首が縦に動くのさ。やい、やい、色男にあやかるようにこの面をよく拝んでおけ」
芳太郎は、ひらきなおって、
「おお、そうか。加代姫さまがそれほどお前に肩を入れ
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