ろで、こうやって飯台のうえを眺めてるうちに、ここへやって来て六人を殺したのはいったい誰だったか、はっきりとわかったんです」
「えッ、飯台を眺めて、……やって来たやつは誰かと……」
「ご所望《しょもう》なら名前までいうことが出来ます。……加代姫が帰ったあとでここへやって来ましたのはね、和泉守の小小姓で三枝数馬という男です。……こいつは、加代姫にちょっとよくないことをしたんで、六平たちに簀巻《すま》きにされて皀莢河岸に沈められた。六平のほうじゃ死んだと思っていたんだが、濠の中で簀がとけて数馬はいのちが助かった。六平がここへ新店を出したという話をきき、怨みのとけたような顔をしてやって来て、じぶんを放りこんだ六人をもろともに毒殺してしまったというわけなんです」
「お話は、よくわかりました。それで、その証拠は」
「あたしがここへ入ると、あなたと話をしながら飯台のほうばかり眺めていましたろう。いったい、なにをしていたと思います。ひい、ふう、みいと、盃の数ばかり数えていたんです。たぶんひょろ松からお聞きになったことでしょうが、昨夜、あたしととど助がここにいたんです。……あたしととど助と六平、それに中間どもが五人。〆めて盃が八ツでなければならないのに、ごらんの通り、ちゃんと九ツあります。あたしは如才なく加代姫に念をおして見ましたが、加代姫は、ここで酒など呑んでいないのです。してみると、あたしの推察どおり、加代姫が帰ったあとで、別なだれかがやって来た。それが、濠へ沈められた三枝数馬だというんです。……その証拠ですか? 実に、簡単なことなんです。……いちばん手近な盃の下に懐紙を四つに折って盃台にしてあるでしょう。懐紙の紙はご覧のように、薄紅梅を刷りこんだお小姓紙。懐紙で盃をうけることは小姓でなければしないことです。……嘘だと思ったら、あの盃を改めてごらんなさい。あの盃だけには毒がはいってないはずですから……」
底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1−13−24]」三一書房
1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年12月11日作成
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