くだらないことばかりをお喋りしてさぞお耳ざわりだったことでしょう。手前はこれから『かごや』へ行って、とっくりと検べあげ、夕方までに吉左右《きっそう》をお知らせいたします、では、ごめん」
和泉橋の北づめの藤堂の屋敷を飛びだす。
橋を渡ったむこうがわが『かごや』。急ぐようすもなくのそのそと和泉橋を渡り、のっそりと『かごや』のなかへ入って行く。
あげ座敷の上框に腰をかけていた藤波友衛。
「いよう、これは仙波さん、絶えて久しいご邂逅。どうです、駕籠屋はもうかりますか」
「どなたかと思ったら藤波先生。あいかわらずご勝健の体でなにより。それはそうと、今度の件ですがね、ありゃア加代姫が殺ったのではありません。加代姫が引きとってから、この『かごや』へやって来たやつの仕業なんです」
藤波は、眼ざしを鋭くして、
「相もかわらずのあなたの出しゃばりにも困ったものだ。駕籠屋は駕籠屋相応のことをしておればいい。よけいなおせっかいはご無用です」
「などと言いながら、その実、訊きたいのでしょう。あなたの顔に、ちゃんとそう書いてある」
藤波は、蒼沈んだ額にサッと怒りの血のいろを刷いて、
「仙波さん、ふざけるのはいい加減にしておきなさい」
「おや、ご立腹ですか。お怒りになるならお怒りになってもかまわないが、あたしの言うことをきかずに加代姫などを突きおとしたら、あなたは生涯うだつのあがらないことになりますぜ。『野伏大名』のときの例もあるでしょう、突っぱらずに、あたしの言うことを聴いてください。あなたの鼻をあかそうの、あたしがこれで功名をしようの、そんな気は毛頭《もうとう》ないんだから」
藤波は、唇を噛んでうつむいていたが、
「あたしも加代姫が殺ったとは、どうも納得の行きかねるところがあって、先刻からここで悩んでいたんです。……加代姫が帰ってからこの『かごや』にやって来たやつが下手人だという、あなたの推察《みこみ》はいちおう穿《うが》ったところがある。そこまではわたしも気がつきませんでした。……ねえ、仙波さん、あなた、かつぐんじゃありますまいね。あなたがそうおっしゃられる以上、なにかたしかなお推察があってのことでしょうが」
「藤波さん、よく折れてくだすった。あなたがそんなふうにおっしゃるなら、あたしも正直なところを申します。……ここへ入って来るまで、実は、あたしにもなんの当てもなかった。とこ
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