ですな」
「奥へ運びますどころか、背からおろすやおろさず……」
顎十郎は、バラリと腕をといて、
「なるほど、よくわかりました。序《ついで》のことにもうひとつ馬鹿なことをお訊ねしますが、もしかして、万屋まで背負って行く途中で、道ばたへ棺をおろして休んだようなことはありませんでしたか」
「茂森町といえばつい目と鼻のさき、おろすも休むもそんな暇もないわけで……」
「いや、ごもっとも。世の中にはいろいろ変ったこともあるものですが、ひょっとして、背中の棺がその日にかぎっていつもよりしょい重りがしたというようなことはございませんでしたか」
「……棺桶といえば椹《さわら》か杉にかぎったもの。棺桶は棺桶だけの重さ。その日にかぎって重かろうわけなぞありますものか。老人をおからかいなすっちゃいけません」
「いや、どうもこれは失礼。飛んだお手間を……」
トホンとした顔つきで平野屋の店さきを出ると、そこから霊巌寺門前町の浄心寺の境内。
本堂の右手について墓地のほうへ行きかかると、墓地の入口からスタスタ出て来たのが、ひょろ松。
「存外に早かったな。……どうだった、棺をあけたような証拠があったか」
ひょろ
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