笑いをしながらあがって来て、
「へへへ、案の定《じょう》ひどくシケていますね。たぶん、こんなこったろうと思ってこうしてお見舞いにあがりました。今朝『宇多川《うたがわ》』に着いたばかりの常陸《ひたち》の地廻り新酒、霜腹《しもばら》よけに一杯やって元気をつけてください。……こうしておいて、またいつか智慧を借りようという欲得づく」
いいほどに飲んでいるところへ『神田川』から鰻の岡持《おかもち》がはいる。すっかり元気になって三人|鼎《かなえ》になって世間話をしていたが、そのうちにひょろ松は、なにか思い出したように膝を打って、
「阿古十郎さんもとど助さんも、そとで稼ぐ商売だからもうご存じかも知れませんが。……阿古十郎さん、万和《まんわ》の金の簪の話をお聴きになりましたか」
「万和といえば深川木場の大物持ち。吉原で馬鹿な遊びをするから奈良茂《ならも》のほうがよく知れているが、金のあるだんになったら、万屋和助は奈良茂の十層倍、茂森町《しげもりちょう》三町四方をそっくり自分の屋敷にし、堀に浮かした材木をぬかして五十万両は動かぬという話。姉娘のお梅というのが叔父の娘の花世の友達で、ちょくちょく金助町へ
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