う工合になるんだろう。……金三郎が鳳凰を彫った簪を万和に見せると、万和はおどろいて、これはお梅の棺の中へ入れてやった簪だが、どうしてあなたがこんなものを持っていらっしゃるのかと訊ねる。そのとたん、寝ていたお米がムクムクと起きだし、あたしがあまり哀れな死にようをしたので、冥土の神さまが憐れんでしばしの暇をたまわり、お米の身体を借りて金三郎さまと契りました。……顔を見るとお米だが、言葉つきはまるっきりお梅。みなが驚いているうちに、お梅の霊は、あたしの縁をお米につがせてくださることがなによりのあたしの供養。どうぞおききとどけくださいませ。ではこれでこの世のお暇《いとま》、と言って泣き倒れたと思うと息が絶えた。おどろいて駈け寄って介抱すると、間もなくお米は息を吹きかえしたが、瘧《おこり》が落ちたようにキョトンとしている。寝ていたあいだのことを訊くとなにひとつ知らないという。万和もお梅のこころを哀れに思い、お梅が言った通り、ふたりを夫婦にすることにした、仍《よ》って件《くだん》の如しさ」
「なアんだ知っていらしったのですか。相変らずひとが悪い。ひとにさんざん喋らせておいて……」
「こんな古風な話を持ちこんでおれを嵌めようたって、そうは問屋じゃおろさない。お前とおれとでは学がちがうでな……。おい、ひょろ松、これは『剪燈新話《せんとうしんわ》』にある『金鳳釵《きんぽうさ》』という話だが、いったいどこから仕入れて来た」
 ひょろ松は、むッとした顔で、
「仕入れたも仕入れないもない。正真正銘の話。このあいだ、深川の八間堀《はっけんぼり》へ首のない死骸があがり、月番ではありませんが、そのひっかかりで万屋へ行ったとき、万和の口から直接にきいた話なンです」
 アコ長は、いつになく真顔になって、
「すると、それはほんとうの話か」
「あなたをかついだって三文の得にもなりゃアしない。ほんとうもほんとう、金三郎とお米は明日の晩祝言をするンで、万和じゃ、てんやわんやの騒ぎをしているンです」
 アコ長は、チラととど助と眼を見あわせ、
「とど助さん、こりゃアどうもいけませんな」
 とど助は、眼でうなずいて、
「いやア、なにやら、チト物騒な趣きです」
 ひょろ松は、キョトキョトと二人の顔を見くらべながら、
「なにが、どう物騒なンです。……ふたりで眼くばせなんかして、気味が悪いじゃありませんか」
 と、言っているとき、傘に雨があたる音がし、小さな足音がたゆとうように家の前を行きつもどりつしていたが、そのうちに含みのある優しい声で、油障子の外から、
「お訊ねいたします、こちらが、仙波さまのお住居でございましょうか」
 と、声をかけた。

   お米

 蔵前《くらまえ》ふうの根の高いのめし[#「のめし」に傍点]髷。紫の畝織縮緬《うねおりちりめん》に秋の七草を染めた振袖。下膨《しもぶく》れのおっとりした顔つきの十六七の娘。贅沢な衣裳《みなり》とどことなく鷹揚なようすを見ても下町の大賈《おおどこ》の箱入娘だということが知れる。
 悪びれないようすで古畳の上へあがって来ると、あどけなくアコ長の顔を見つめながら、
「あたくしは深川茂森町の万屋和助の末娘で利江と申すものでございますが、姉が生きておりますとき、金助町の花世さんのところで、一二度お目にかかったことがございましたそうで、そのご縁にあがって、折入ってお願いしたいことがございまして……」
 たった今、ひょろ松が話したのと同じいきさつを手短かに物語ってから、キッパリとした顔つきになって、
「……じつは、これからあたくしが申しあげますことは、いっこう取りとめないようなことなので、あまり馬鹿々々しくてお笑いになるかも知れません。たぶん、あたくしの気のせいでしょうけど、いま、あたくしの家になにか怖ろしいことが始まりかけているような気がしてなりませんの」
 と言って、チラと怯えたような眼つきをし、
「埓もない話ですが、あす祝言する小姉《ちいあね》のお米はなんだかほんとうの姉でないような気がしてなりません。なんとなく他人のような気がして情が移りませんのです」
「と、ばかりではよくわかりかねますが……」
「そうですわ。もっと詳しくお話しなければなりませんのね。……でも、どう言ったらいいのかしら……」
 かんがえるように頸《くび》を傾げながら、
「顔も、そぶりも、声も、どこといってちがうところなどないのですけど、ひと口には言えないようなところに、今までの姉とはちがうようなところがありますのです。気のついたところだけ申しあげますけど、姉のお米はわりに癇の強いほうなもンですから、不浄へ行って手水をつかうとき、かならず左手に杓を持って右から洗うのがきまりで、右手に杓を持つようなことはこれまでただの一度もなかったことですのに、このごろはいつも、右
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