替えるのということがないとおっしゃるのでしたら、これはあたくしの気の迷いだと思って、二度とこのようなことはかんがえないつもりです」
ひょろ松は、先刻から眼をとじてジックリと利江の話を聴いていたが、だしぬけにギョロリと眼を剥くと、
「阿古十郎さん、それは、たしかに替玉ですぜ」
顎十郎はおどろいて、
「居眠りしてると思ったら起きていたのか。だしぬけに大きな声を出すもんだから、お嬢さんがびっくりしていなさるじゃないか。……まア、それはいいが、どうしてお前にそれが替玉だということがわかる」
「だって、そうじゃありませんか。現在の妹が姉とちがうとおっしゃるからには、替玉にちがいなかろうじゃありませんか。理屈はどうあろうと、感でこうと睨ンだことは決して狂いのあるものじゃありません」
「ふふふ、とど助さんお聴きになりましたか、ひょろ松がえらいことを言い出しました。……では、先生におうかがいしますが、そういう奥まったところにある座敷土蔵へどうして偽物が忍びこみ、どうして大病の真者《ほんもの》を持って行ったか、ひとつご釈義《しゃくぎ》ねがいましょうか」
「なアに、わけはないこってす」
と言って、利江のほうへむきなおり、
「先刻のお話ではお米さんとやらが、いちど息を引きとったことがあると言われましたね」
「はい、申しました」
「そのとき、葬具屋から棺桶が届きましたろう」
「はい、届きました」
「……つまり、替玉のほうのお米は、その棺桶の中へ入ってきて座敷土蔵の中へ通り、ドサクサまぎれに寝床からほんとうのお米さんをひきずり出して棺の中へいれておき、自分は、うむ、とかなんとか言って生きかえったようなようすをする。生きかえった人間に棺桶はいらないから、縁起でもない、早く持って帰ってくれ、ということになって、仲間のやつが、待ってましたとばかりに、ほんとうのお米さんが入っている棺桶を、へい、すみませんでしたと担ぎだしてしまう……お嬢さんが、その騒ぎの翌日から、姉がほんとうの姉でなくなったというのは、いかにももっともな話。こういうからくりでチャンとすりかわっていたンですからねえ」
とど助は、手をうって、
「餅屋は餅屋。なるほど、うまいところに気がつくものですたい」
棺桶
「……そうすると、中玄関の敷台へ葬具を下ろしたときに手代が出てきて、ご病人はいま急に持ちなおしたから、すまない
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