所。この四つの関所で四方から袋のようにかこまれているンだから、三十人もの人間が、鯨の肉などひっかかえてウロウロと這いだしたら、たちまち網にひっかかるにきまっているンだが、そういう話も聞きませんでした。……すると、その三十人と伏鐘は、いったい、どこへ行ってしまったというンです、阿古十郎さん」
「お前の感の悪さにもつくづく感服する。その四つの関所を通っていなかったら、四つの関所にかこまれた中にいるンだろう。そうとしか考えようがないじゃないか。その廓の中にある家数は十軒や二十軒ではきかなかろうが、三十人の人間とそれだけの肉をかくせるような構えの家はそう数あるもンじゃない。虱つぶしにして行ったら、二刻足らずで追いつめることが出来よう」

 両国二丁目の角屋敷《かどやしき》。
 鈴木仁平という浪人者がやっている大弓場《だいきゅうば》。
 ひょろ松と顎十郎が、踏みこんで行くと、伏鐘重三郎は、松坂木綿《まつざかもめん》の着物に屑糸織《くずいとおり》の角帯《かくおび》という、ひどく実直な身なりで長火鉢に鯨鍋をかけ、妾のお沢と一杯|飲《や》っていた。
 お大名の若殿のような品のいい顔を振りあげて、苦笑いしながら、重三郎、
「仙波さんにかかっちゃかなわねえ」
 と、言った。



底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1−13−24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年12月11日作成
2010年4月26日修正
青空文庫作成ファイル:
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