ンだ。して見るとこりゃア長いあいだかかって企んだものなんだな。……これで見ると、吉兵衛というやつはよっぽど執念ぶかい奴にちがいない。三階から死骸を投げ落したように見せかけるために自分でわざわざ屋根の物干場へあがって焼け死に、おもんか藤五郎でなければやれないというふうに拵えたところなンか実にどうも天晴れなもンだ」
三人で番屋へ来て、藤五郎の印籠を手にとって眺めていたが、顎十郎は、フイと口を切って、
「ねえ、藤五郎さん、あなたが吉兵衛のところへ行ったとき、吉兵衛は粗相して藍壺をひっくり返し、あなたの着物の腰のあたりを藍で汚しましたろう」
「はい、その通りでございます」
「吉兵衛は、あわてて、こりゃア飛んだ粗相をしました。すぐ汚点《しみ》抜きをしますから、と言ってあなたを裸にしましたろう」
「はい、その通りでございます」
顎十郎は、ひょろ松のほうへむいて
「……印籠の薬を毒とすりかえたのは、そのあいだに吉兵衛がやった仕業なンだ」
と言って、小馬鹿にしたような顔で、ひょろ松のほうへニヤリと笑って見せた。
底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1−13−24]」三一書房
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