たためではなかったろうか。……おい、ひょろ松、お前、吉兵衛の菩提寺というのへ行って見たのか。どんなことをしていやがったのか洗って来たのか」
 ひょろ松は、額へ手をやって、
「どうも、そこまでは……」
「それをやらなきゃ話にならねえ。……吉兵衛の菩提寺というのは、いったいどこだ」
「浅草|御蔵前《おくらまえ》の長延寺《ちょうえんじ》だということです」
「そんならわけはねえ。ここからひと跨《また》ぎだ。これからすぐ行って見よう。さあ、乗んねえ、乗んねえ、かついで行ってやる」
 嫌がるひょろ松を駕籠へのせ、ホイホイという間もなく長延寺。
 住持にあってようすを訊くと、
「いつもひどく沈んだようすをしていて、墓石を洗いながらブツブツひとりごとを言ったり、墓にもたれてぼんやり考えこんでいたりするので、わたくしも気にしていたンですが、このあいだ来たときなどは、永代経をたのみますと言って二十両つつんで来ました」
 顎十郎は、妙な顔をして、
「永代経というのは自分が江戸を離れて生涯帰ってこられねえとか、死目が近くなって、それに跡目がいねえなどというときに、忌日々々に先祖の供養をしてもらうことなんだが、
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