後の模様から推すと、おもんは別れてからも、藤五郎の留守にチョクチョク吉兵衛をひっぱりこんでいたんだと見えるな」
 十吉はうなずいて、
「まず、そのへんの見当で。……これじゃ話がもつれるのが当然だ。じゃア、お伴いたしやしょう」
 ようやく六ツになったばかり。磨きあげたような夏の朝空。

   薬包紙《やくほうし》

 膳椀の箱やら金屏風やらあわててゴタゴタと運びこんだ土蔵の中に蒲団を敷いて、おもんは、その上で血を吐いて死んでいる。
 よほど苦しかったと見え、船底枕《ふなぞこまくら》を粉々に握りつぶしている。血の痕を辿って見ると、いちど土蔵の扉のところまで這って行って土扉に手をかけたが、力つきてまた蒲団のところまで戻ってきてここで縡《ことき》れたのらしい。
 ひょろ松は、藤五郎のほうへグイと膝を進め、帷子の袂から珊瑚の緒止めのついた梨地《なしじ》の印籠を取りだして、藤五郎の眼の前へそれを突きつけ、
「……こんなものが土蔵の庇あわいのところに落ちていたが、藤五郎さん、これは、お前の印籠だろうね」
「へえ、さようでございます」
 ひょろ松は、別な袂から揉みくしゃになった赤い薬の包み紙を取りだし、
「ところで、こんなものがそこの屏風箱のかげに落ちていた。この通り印籠の中に残っている薬の包み紙と同じなんだが、こりゃいったいどうしたわけのもンだろう」
 悪相というのではないが、ひと癖ありそうな面がまえ。ズングリと肥って腹が突き出し、奥山の高物《たかもの》小屋で呼込みでもしたら似あいそうな風体。
 藤五郎は、きかぬ気らしく太い眉をピクリと動かして、
「それがどうしたとおっしゃるんです」
「どうしたもこうしたもねえ。俺が訊いてるんじゃねえか。それに返事をすりゃアいいんだ。この包み紙はこの印籠から出たものだろうと、そう訊ねているんだ」
「それはあっしが申しあげるより、あなたがごらんになったほうが早いでしょう」
「返事をしたくなかったらしなくてもいい。じゃア、別なことを訊ねるが、こんなところに印籠が落ちているのはどういうわけなんだ」
「存じませんです」
「印籠に足が生えて、ひとりでここまで歩いて来たか」
「ご冗談。……それはおもんが持ちだしたので、それでこんなところにあるんだろうと思います。もう充分お調べがあがってることでしょうから、多分ご存じのことと思いますが、おもんはきつい癪持ちで、
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