い約束になっていたはずです」
「そうだったのう」
「そうだったのう、じゃありませんよ。あんたのような、見あげるような入道が、大眼玉をむいて、おいこらア、駕籠にのれ、安くまいるぞ、じゃ、だれだって逃げ出してしまいます」
とど助は、額に手をやり、
「それを言われると、わしもつらい。あんたとの約束は忘れたわけじゃなかったが、なにしろ寒くもあり、空ッ風に吹きさらされてぼんやり立っているのは、いかにも無聊。……腹立ちまぎれに大きな声を出しとったんじゃい」
「いけませんよ、とど助さん。空ッ腹の鬱憤《うっぷん》ばらしにあんな恐い声を出しちゃ、とても商売にはなりません、やめてもらいましょう」
「いかにも、わしが悪かった。もうよす、よす。……よすはよすが、これから、どうする。参詣のひとも、もうちらほらになったから、いつまでもこんなところで客待ちしておっても、立ちゆかんと思うが」
「麻布六本木の京極の下屋敷の金比羅様もなかなか繁昌するそうだから、そっちへ廻ってみましょうか」
「やむを得んな。なんとかして、ひとつでも兜首《かぶとくび》をあげんことには、行きだおれが出来る」
「じゃ、まあ元気を出して、行くと
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