ように白いので、実にどうも見とれるような美人。
 アコ長は、いやアと馬鹿な声をあげ、
「これは艶《あでや》か、あでやか。……大したもんですねえ、とど助さん」
 とど助は、うむと唸って、
「実に、感服した。こうまでとは思わなんだ。これが狸とはもったいない話」
「でも、早まっちゃいけません。ひょっとして人間だったらえらい恥をかく。ちょっと念を押して見ましょう。……もしもし、そこのご婦人、つかぬことを伺うようですが、あなたもやっぱり、その……」
 終りまで言わせずに、狸は婀娜に笑って、
「ええ、あたしは雌狸よ」
「こりゃアどうも、お見それ申しまして申しわけありません」
 雌狸は、ぷッと噴きだして、
「お見それしましたは、ないでしょう、ご挨拶ね」
 アコ長は、うへえと恐れて、
「これはどうも失礼。さア、どうかお乗りください」
 と、まるでカタなしのてい。
 雌狸は、いいようすでスラリと駕籠の中へ身体を入れ、
「どうぞ、やってくださいまし」
 とど助、息杖を取りなおして、
「お伴いたすでござる」
 二人ながら、たいへんな弾みよう。
 さて、その翌朝、神田|佐久間町《さくまちょう》の裏長屋、どんづ
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