く》なられて、われわれをかまいつけるような奇特な方も少なくなり、それに、この節、このへんに人家が立てこんで来ましたせいか、たいへんに犬が多くなり、いかにも住みにくくなりましたので、思い切って古巣をすて、豊島ガ岡あたりの物静かなところへ引きうつろうと思うのでございます」
「なるほど、よくわかった。それでわれわれへ頼みというのは」
「毎夜、一匹ずつ豊島ガ岡までお連れねがいたいのでございます。その代り、一匹について、一両ずつ差しあげますが、いかがなものでございましょう」
「これはおもしろい。一匹一両ずつとすると、〆《しめ》て三百三十三両、いや悪くないな」
「お願いできましょうか」
「普通の駕籠ならいざ知らず、われわれはチトばかり瘋癲でな、とかく、変ったことを好む。いかにも味のある話だによって、のちの語り草に、ひとつ引きうけてやろう。……が、少しばかり腑に落ちぬことがある」
「なんでございましょう」
「そのように変通自在な力を持っているのに、なんで駕籠へなど乗る。……旦那面をして大手をふって歩いて行けばよいではないか」
「いえ、そうはまいらぬ訳がございます。……実は、途中の犬が恐いので……。犬
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