く》なられて、われわれをかまいつけるような奇特な方も少なくなり、それに、この節、このへんに人家が立てこんで来ましたせいか、たいへんに犬が多くなり、いかにも住みにくくなりましたので、思い切って古巣をすて、豊島ガ岡あたりの物静かなところへ引きうつろうと思うのでございます」
「なるほど、よくわかった。それでわれわれへ頼みというのは」
「毎夜、一匹ずつ豊島ガ岡までお連れねがいたいのでございます。その代り、一匹について、一両ずつ差しあげますが、いかがなものでございましょう」
「これはおもしろい。一匹一両ずつとすると、〆《しめ》て三百三十三両、いや悪くないな」
「お願いできましょうか」
「普通の駕籠ならいざ知らず、われわれはチトばかり瘋癲でな、とかく、変ったことを好む。いかにも味のある話だによって、のちの語り草に、ひとつ引きうけてやろう。……が、少しばかり腑に落ちぬことがある」
「なんでございましょう」
「そのように変通自在な力を持っているのに、なんで駕籠へなど乗る。……旦那面をして大手をふって歩いて行けばよいではないか」
「いえ、そうはまいらぬ訳がございます。……実は、途中の犬が恐いので……。犬にあうと訳もなく見やぶられてすぐ尻尾を出してしまいます。化の皮がはげて、二進も三進も行かなくなってしまうのでございます」
「いかにも、よくわかった。では、一匹一両ずつ、たしかに引きうけた。のう、アコ衆、引きうけてもいいだろう」
 今まで、なにか考えこんでいたアコ長、つまらなそうな顔で、
「いや、よしましょう。そんな話に乗っちゃいけません、馬鹿々々しい」
「なんで、馬鹿々々しいな?」
「だって、そうじゃありませんか。小判と見せて、実は木の葉。一文にもならないのに、豊島くんだりまで狸をかついで行くテはないでしょう」
 とど助、大きくうなずいて、
「いや、これは大しくじり。いかにもそうだ。……これ、狸、せっかくだが、その話はことわるよ」
 狸は、あわてて手を振って、
「じょ、じょ、冗談。……どうして、そんな人の悪いことをいたすものですか、木の葉などを使いますのは、酒買いに行く小狸のいたずらで、わたしどもは、そんな見識《けんしき》のないことはいたしません。禿狸の沽券《こけん》にかかわります」
 と言いながら、二ツ折から小判を一枚とりだして、とど助に渡し、
「どうぞ、充分におあらためくださいまし
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