どうせ、こんなお神楽《かぐら》のような顔でございますから、珍らしくてお眺めになるのでしょうけど、そんなにお見つめになっては嫌でございますわ」
顎十郎は、照れかくしに、いやア、と額に手をやって、
「いやどうも、こりゃア大敵だ。……どうしてなかなか、お神楽どころの段じゃアない。お神楽はお神楽でも、出雲舞《いずもまい》の乙姫様のほう。じつにどうも見事なもンだと思って、それで、さっきからつくづくと拝見していたのさ」
と、れいによってわかったようなわからないようなことを言う。腰元は、ツンと拗《す》ねたようすで、
「あら、あんなことを。……はい、たんとおなぶり遊ばしまし。そんなことばかりおっしゃるのでしたら、あたしはもうあちらへまいります」
と、身体《からだ》をくねらせる。顎十郎は、おっとっと、と手でとめて、
「行かれてしまっては困る。……じつは、……その、お手紙のおもむきでは、なにか、さまざま御用意があるとのことだったが、こんなところにぽつねんとしているのもおかげがねえ。そちらの段取りがよかったら、そろそろここへ運びだしてもらいましょう」
腰元は、しとやかにうなずいて、
「はい、それは心得ておりますが、殿様のお申しつけでは、なんなりと思召《おぼしめ》しをおうかがい申せということでございましたから、それで、只今まで差しひかえておりました」
顎十郎は、ほほう、と驚いて、
「お書状にも、だいたいそのおもむきがあったが、よもや、そこまでとは思っていなかった。では、なんですか、思召しをのべ立てると、なにによらず、ここにずらッとならぶ仕組になっているというんですか。こいつア、驚いた」
有頂天《うちょうてん》
腰元は、あどけなく、
「はい、どのようなお好みの品でも即座に御意にそいますよう、江戸一といわれる橋善《はしぜん》の板場《いたば》があちらに控えておりまして、いかようにも御意をうかがうことになっております」
顎十郎は、下司《げす》っぽく額をたたいて、
「これはどうも福徳《ふくとく》の三年目。望外《ぼうがい》のお饗応《もてなし》で、じつに恐縮。どうせ御主人がお帰りになるのは四ツ刻とうけたまわったから、それまでの座つなぎ、思召しに甘えて、ひとつゆっくり頂戴するといたしましょう、なにとぞよろしく」
「まア、……よろしくなんて、そういうなされかたでは、思召しにそうことは
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