死にの正念場《しょうねんば》で喘いでいるというのを、軽くあしらうわけじゃありませんが、この世に、蛇の呪いの、狐の祟りのと、そんな馬鹿げたことが現実にあるわけのもんじゃねえ。しょせん、気病みのたぐい。……どうせ、女は気の狭いもの。現在、自分が蛇を殺したというので、熱にうかされるのはありそうなこってすが、あなたまで、先に立って、呪いの祟りのと騒ぎまわるのは、チト困った話ですねえ」
又右衛門は手をふって、
「いや、一概にそうとばかりは言うまいぞ。……痩せても、枯れても川崎了斎《かわさきりょうさい》の裔《すえ》、鬼畜に祟りなし、ぐらいのことはちゃんと心得ておる。……しかし、なんと言っても、現在、正眼《まさめ》で見たからは……」
「正眼で?……見たとは、いったい、なにを」
「嘘でもない、まぎれでもない……その蛇体《じゃたい》というのをまざまざと見たのじゃ」
「へへえ」
「それも一度ではない、あとさき、これで三度」
「して、それは、どんなものです」
「信じる信じないは、そなたの勝手だが、今日からちょうど五日前、お小夜の寝ている離家《はなれ》へ入って行くと、欄間の上に、胴まわり一尺ばかりの金色の鱗《うろこ》をつけた、見るもすさまじい大蛇が長々と這って、火のような眼ざしでじっとお小夜のほうを見おろしている。……さすがのわしもアッと魂消《たま》げて、生きた気もなく座敷の中で立ちすくんだまま、『なんぽーゆーちょうちょう、ちゅうゆーけつけつ、ちゅうゆうじゃアじゃアちゅうゆうし』と一心に蛇よけの呪文を唱えていると、まるで、拭きとったとでもいうふうに、パッと蛇体が消えてしまった。……それまでは、よもやという気もあったが、まざまざと見たからには、やはり、覚念坊の言う通り、蛇神の呪いにちがいないと……」
顎十郎が、人を小馬鹿にしたようにへらへらと笑い出し、
「なるほど、こいつアいいや、ちゃんと、落《さげ》がついている」
穴中有蛇《けっちゅうゆうじゃ》
ひょろ松、ムッとした顔で顎十郎のほうへ振りかえり、
「因果話めいて、あなたには、さぞおかしいでしょうが、そう、あけはなしにまぜっかえさないもんですよ。欄間で大きな蛇を見たというだけで、べつに、落などついてやしません」
顎十郎は、やあ、と首へ手をやり、
「いや、これは恐縮。……ご腹立《ふくりゅう》では恐れいるが、しかし、どうもチト恍
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