大蛇が伝うという欄間のほうをうかがいはじめた。
 そのうちに、八ツ……八ツ半……。とうとう九ツになったが、いっこう、なんの異変も起らない。蛇体はおろか、守宮《やもり》いっぴき這い出さぬ。
 顎十郎は、痺《しび》れを切らして立ちあがり、
「こいつアいけねえ、こんないい男がふたりもここに這いつくばっているので、女体がはにかんで出て来ねえのだと見える。……それにしても、江戸一の捕物の名人がふたりもこんなところに鯱《しゃち》こばっているには及ばない、半刻替りということにしようじゃないか。……おれは、その前に、ちょっと不浄へ……」
 と言いすてて、廊下のはしへ曲りこんで行く。
 間もなく、むこうのほうで手洗鉢《ちょうずばち》の柄杓《ひしゃく》をガチャガチャいわせていたが、のそのそと戻って来て、
「これで、さっぱりした、さあ、代ろう」
 神妙なことを言いながら、例の欄間のほうに眼をやっていたが、なにを見たのか、とつぜん、おッと低い叫び声をあげた。
 ひょろ松が、顔を引きしめてそのほうを眺めると、今までなんのきざしもなかった欄間の上あたりに、クッキリと明るい光がさし、それが陽炎のようにゆらゆらと揺れている。
 ふたりは頭を低くして這いつくばって、なにが現れてくるかと待っていたが、帯のようなかたちの光がちらつくだけで、いっこうになにごとも起らないから、そろそろと内部へ這いこんで光り物の正体を調べはじめた。
 間もなく、その正体を見とどけた。
 黒部《くろべ》を張った板の腰壁の、畳から三尺ばかり上ったところに小さな朽穴があいていて、そこからポーッと光が射しこんでいる。
 ひょろ松は、その朽穴をためつしかめつしていたが、いかにも不審に耐えぬふうで、
「欄間の光は、この穴からさしこむのにちがいないが、しかし、下から照らしあげるお天道さまなどはないのだから、そこから入る光がどうして、あんな上のほうへさすのか納得がゆきません。……そればかりではない、さっきまで、なにもなかったのに、どんなキッカケで急にあんなところを照らしあげるようになったのでしょう。さっきから、なにほど日ざしが移ったというわけでもなし……」
 顎十郎は、ふん、ふん、と鼻を鳴らしながら、空うなずきにうなずいていたが、なにを思いついたか、ものも言わずに廊下のほうへ出て行った。
 なにをするのだろうと見おくっているうちに、すぐまた
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