うなずいて、
「こりゃア、たしかに妙だ……御苦労だが、かいしゃくしてやってくれ」
「ええ、ようございます」
 佐吉は絆纒《はんてん》をぬぎすてると、逆落《さかおと》しに川の中へ躍りこみ、ほどなく佐倉屋をかかえて上って来て、艫から差しだしている手へ佐倉屋の襟をつかませたが、フト、ぐったりしている佐倉屋の喉のあたりに眼をすえると、
「おッ、こりゃア、どうしたんだ……し、し、絞め殺されている!」
 と、叫んだ。
 佐倉屋は、昨夜の佐原屋と同じように、蕃拉布できつく首を絞められて絶命していた。

   席札《せきふだ》

 長崎屋の寮の筥棟《はこむね》の上。
 まるで雨乞いでもするような恰好で、うっそりと腰をかけているのが、顎十郎。
 漆紋《うるしもん》の、野暮ったい古帷子《ふるかたびら》の前を踏みひらいて毛脛を風に弄《なぶ》らせ、れいの、眼の下一尺もあろうと思われる馬鹿長い顔をつんだして空嘯《うそぶ》いているさまというものは、さながら、屋の棟に鰹木《かつおぎ》でも載っているよう。これが、いま江戸一といわれる捕物の名人とは、チト受取りにくい。
 檐に近いところでは、れいのひょろ松、熱い瓦を踏み
前へ 次へ
全34ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング