ながら、廂《ひさし》をのぞきこんだり、樋口を調べたり、河から照りかえす西陽《にしび》をまっこうに浴びながら、大汗になって屋根の上を走りまわっている。
顎十郎は、扇子で脇の下へ風をいれながら、うっそりとそれを眺めていたが、ああんと顎をふりあげると、おかったるい間のび声で、
「どうだ、ひょろ松、なにか眼星しい手がかりがあったか」
ひょろ松は、檐のはしへ手をかけて廂の下をのぞきこみながら、突慳貪《つっけんどん》に、
「ええ、ですから、そいつをこうして探しているんで……」
顎十郎は、ニヤニヤ笑いながら、
「そうやって、尻を持ちあげて檐下をのぞいている様子なんざ、ちょっと、鳥羽絵《とばえ》にもない図だぜ。……ついでのことに股倉眼鏡《またぐらめがね》でもしてみたらどうだ、変った景色が見えるかもしれねえ。……お江戸が見える、浅草が見えるッてな」
ひょろ松は、ムッと頬をふくらせ、
「ひやかすのはおよしなさい……そんなところで高見の見物ばかりしていないで、すこし手伝ってくれたらどんなもんです。……あっしだって、洒落や冗談でこんなことをしている訳じゃねえんでさ」
「そう怒るな……あまり怒ると腹なりが悪くなる。……冗談は冗談として、いつまでそんなことをしていたっておかげがねえ、もう、そろそろ切りあげたらどうだ。いくら屋根を嗅《か》いで廻ったって、こんなところに手がかりなんかあるはずはないんだ」
ひょろ松はツンとして、
「ないとは、そりゃまた、なぜに。……どんなことがあっても土扉のほうから来られるはずはないのですから、二階の広座敷へ入りこむとすりゃア、この屋根だけがただひとつの通り道。……だから、こうして、脳天を焦《こが》して……」
「まず、無駄だな」
「ほう、驚いたね……じゃア、そもそもどこから入りこんだと言うんです」
顎十郎はトホンとした顔つきで、
「それは、おれにもわからない。……それで、こうやって、せいぜい首をひねっているところだ」
「相変らずはぐらかしますねえ、まともに口をきいていると馬鹿を見る……まあ、それはいいとして、あいつが屋根を通らなかったというゆえんは、ぜんたい、どうなんです」
顎十郎は、ポッテリした顎をのんびりと指の先でつまみながら、
「佐原屋が絞め殺されたとき、えらい土砂降りだったそうだな」
「ええ、そうです」
「寮からの迎えで、お前があわてて駈けつけ
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