ほうだから、船胴《ふなどう》から腰をあげて、
「おれが、ちょっくら、ようすを見てくるべえ」
「そうだな、見て来てくれろ」
「遠島船め、手間をかけやがる」
舳のむこうづらに垂れさがっている錨綱《いかりづな》をつたってスルスルとのぼって行き、身軽に前口《まえぐち》へ飛びこんだが、それっきりいつまでたっても出て来ない。
鰹船のほうでは辛抱づよく待っていたが、いっこう平吉が姿を見せないので、しょうしょう薄気味悪くなってきた。
「どうしやがった、平吉めら」
「※[#「舟+夾」、185−下−2]《はざま》へでも落ちやがったか」
「それにしても、もう小半刻になる。だれかようすを見に行け」
むこうっ気の強い漁師どもも、さすがにわれと進みだすものもない。船頭の喜三次、
「じゃあ、おれが行く」
と、立ちかかったところへ、平吉が遠島船の棚縁《たなべり》から青い顔を出した。
「猫の子一疋いやしねえ。……喜三次ぬし、ちょっとあがって来てくれ……なにか、……えれえことがあったらしいんだ、この船でよ」
「平吉ぬし、そりゃアほんとうか」
「なんで、おれが嘘を。ほんとうもなにも……」
「よし、いま行く」
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